2000年10月8日 日経 Web COMPANY 10月号に掲載されました
D2K Digital Daimyo 2000(福岡)
「6畳の畳の上が原点」
”アジアの一角” 大名地区にネットベンチャー集結
渋谷・ビットバレーはあまりにも有名だが、いま札幌・サッポロバレーから沖縄・ノースバレーまで、全国にさまざまなコミュニティが誕生している。いくらインターネットとはいっても、ビジネスには人的コミュニケーションがより重要なのはいうまでもない。まず人と会うこと、自分のアイデアをぶつけること。そこから新たなユニットが生まれ、ビジネスが成り立っていくのだ。それはシリコンバレーから始まったネットベンチャーの世界に共通する。
九州・福岡にITベンチャーを中心とするフォーラム「D2K」が発足した。1999年12月27日。まさに世界を震撼させたY2K騒ぎの真っ最中のことだった。キックオフパーティーには、ベンチャー企業の若者を中心に330人が集まった。今回は、この福岡市大名地区を訪ね、キーマンの一人である覚田義明氏((株)ペンシル代表取締役社長)に話を聞いた。
覚田氏は、日本発のジャンル別検索機能つき掲示板「あるる掲示板」(月220万ページビュー)を96年に制作運営開始。これは日経ネットの読者ランキング 4位になったこともある優良掲示板だ。そして九州地区のポータルサイトともいえる「ふくおかWEB」(月20万ページビュー)を立ち上げている。また、 95年他社に先駆けてドットコムドメインを販売するという、機を見るに敏な人物なのである。バイタリティあふれる覚田氏。話している相手を自分の世界に引きずり込んでしまうような魅力ある人物だ。そんな覚田氏に、韓国やアジアへの玄関口、発信拠点として注目される福岡市のどこに、ITベンチャーの生まれる素地があったのか聞いてみた。
「大阪生まれのボクが、どうして福岡に腰を落ち着けたかと言うと、80年代、DTPシステムやグラフィックデザインのシステムが日本で一番進んでいたのが福岡だったんです。福岡に本社のある(株)システムソフトが日本で初めてアドビイラストレーターやフォトショップ、クオークエクスプレス、ディレクターなど先進的なソフトウェアの開発や販売を始めて、クリエーターや世界中のIT企業から注目されていました。そんな先進的な福岡にボク自身魅力を感じました」
DTPクリエーターやデザイナーたちが、福岡の中心部・天神に隣接する大名地区に事務所を構え始めたのだ。
「最新のパソコンやプリンターが並ぶ6畳の畳の上でみんながんばっていた。これがD2Kの原点です。もしかしたら、地元出身者より東京、大阪、長崎出身とかで住み着いた人の方が多いかもしれません。福岡の環境、生活のしやすさにあこがれてね」
「現在の大名地区を一言でいうと、混沌、カオス。アジアの一角というイメージかな。」と覚田氏は言う。
居酒屋の隣にマンションが建ち、醤油醸造元の前におしゃれなブティックがある。網の目のように走る一車線しかない道路には車があふれ、歩行者も我が物顔に横断していく。クラクションが絶えず、ここはバンコク、香港なのか。
あの「デジタルハリウッド」の福岡校があるのも大名地区。たくさんの在学生、卒業生たちがD2Kに参加しており、D2Kスタッフとしてがんばっている人もいる。今年、ソウルに韓国延世校が設立され、覚田氏を中心とするD2Kメンバーもオープニングパーティーに出席した。まさに世界にはばたくD2Kといえようか。
2ヶ月に一度開催されるD2Kパーティー。2月に行われた第2回目には、麻生福岡県知事や瀬尾日銀福岡支店長が挨拶するなど、行政、財界の期待も大きい。
「様々なユニットも生まれて、新しいビジネスの息吹も感じられます。なかにはIPOをめざすベンチャーが出てきても不思議ではありません」
また、5月には、ベンチャーキャピタルとして著名な西岡郁夫氏を招いてビジネスモデル研究会も開催している。
「D2Kには、学生、ベンチャー企業、投資家、マスコミなど、さまざまな人々が集まります。人脈作りのための "人間プロバイダーマップ" や "人間サーチエンジン" をつくってみると、友達の友達が友達だったりする。そこでユニットが生まれ、新しいビジネスが生まれる。楽しく、気軽に集まれるD2Kにしたい。